宝の扉が無数にある山。その名は 『宝達山』
標高637m、能登でいちばん高い宝達山(ほうだつさん)。頂上付近は日本海・能登半島はもちろんのこと、白山や立山の絶景パノラマも楽しめるビューポイントとなっている。
のと里山海道を走ると、金沢から山麓まで車で30分余り。アクセスもすこぶる良好だ。「こぶしの路」という登山道が整備され、シーズンには日帰り客で賑わいを見せている。
山頂近くには希少なブナの原生林が広がり、林野庁の「水源の森百選」にも選定。また、古くより信仰の対象として崇められ、山岳修験道の舞台にもなった山である。
黄金に輝く山の歴史
宝達山の歩みの中で、とりわけ輝かしく、それでいて半ば忘れられているのが、金山としての歴史だろう。
採掘がいつ始まったかはわからない。加賀藩の記録では1584(天正12)年に金山を開山したとあるが、それよりずっと以前から露天掘りが行われていたようだ。
ともかく、1628(寛永5)年に大規模な崩落事故が発生するまで、約半世紀にわたって加賀藩を支えた金鉱であった。大判にして約3500枚が採れた年もある。
ところで、引っかかるのが金の採取法だ。西洋の技術が広まるまで、一般的には掘り出した金鉱石を大きな石挽臼で粉砕し、不要の石・土を水で洗い流して砂金を取り出す「流し」という方法が行われていた。
ところが宝達金山では、釜跡などの様子から精錬技術をいち早く取り入れていたふしがうかがえる。いったいどうやってそんな技術を? ここで思い浮かぶのが、キリシタン大名・高山右近だ。
宣教師を通じて西洋の土木工法を学び、前田家に招かれた後は藩の基盤づくりに力を発揮した右近。宝達志水町内にキリスト教学校を開校するなど、まちとの関係も深かったようだ。もしかしたら、この金山にも彼が?! 想像は果てしなくふくらむのである。
山の中腹には坑道の開口部跡が残る「中尾平」という場所があり、そこからは末森城址が一望できる。お宝が紡ぐ歴史ロマンに浸るには、格好の場所ではないだろうか。
辰巳用水工事でも大活躍。「宝達者」の技術は山を越えた。
金の採掘は当初は「親方請負制」で、人集めからすべてを親方が仕切り、藩に上納金を支払っていた。けれども採掘量が減り出すと、親方が賃金の工面に困り、鉱夫が離れていくようになる。そこで、親方衆の願い出を受けて1617(元和3)年、藩は金山を直営制に。賃金を保証して人材の流出を食い止めたものの、産出量の減少に歯止めはかからなかった。
その際に加賀藩が取ったのが、ユニークな人材確保策だ。野田という山中の金山町に住んでいた鉱山技術者を山のふもとに移して採掘人員を減らすかたわら、山から下ろした者たちに藩の土木工事を担わせるという体制を整えたのである。
そのときふもとに生まれた集落が、現在「宝達」と呼ばれる村の起源である。そして、宝達の技術者は卓越した技能を武器に、辰巳用水の掘削をはじめ、さまざまな工事で活躍。藩の領地内ばかりか、藩の外にも派遣されていったようだ。
『加能郷土辞彙』には、「藩内の黒鍬(土木工事者)の大半を宝達村民が占めたため、土木技術者全般を『宝達者』と呼ぶようになった」との記述もある。有形の金だけでなく、技術という無形の宝もまた、山の歴史の主役であった。
なお、宝達という名の由来は不明で、古い時代には見当たらない。宝達村の起りとともに命名された可能性もあるそうだ。
鉱夫たちの生命を守った純白に輝くダイヤモンド
「宝達」の名のつくご当地名産品といえば、筆頭が「宝達葛(くず)」である。
純白に輝くこのくず粉は、山に自生するくずの根を掘り出し、デンプンを取り出して精製したもの。滋養豊かでくず湯として飲まれるほか、料理や和菓子にも使われている。国産の純正品は極めて貴重で、「宝達葛」も市場価格にして100gあたり約1000円と非常に高価。白いダイヤモンドとも呼ばれている。
宝達でくずづくりが盛んになった理由は、山に原料があったことや、精製に必要な水に恵まれていたからだが、その発端は、金鉱労働者の健康を支える漢方薬としてなくてはならないものだったから、と伝わっている。
金山が閉鎖され、「宝達者」が各地に派遣されるようになってからも、村ではくずづくりが受け継がれ、大切な収入源となってきた。幕末の1860(万延元)年には、宝達の孫三郎が加賀藩「御用葛出来方」に着任。江戸幕府に葛粉を献上したという記録もあり、特産品として大いに重宝されたようである。
くずづくりはその後、明治から大正にかけて最盛期を迎えるが、原料の枯渇や類似品の登場などで衰退。現在は、「宝達葛会館」を拠点に、数人の村人が伝統を守り続けている。
「宝達葛」の生産は、毎年1月から春先までのわずかな期間。厳寒の中、山の伏流水を使っての作業はたいへんな労苦を伴うけれども、この寒さとこの水と、そして手間隙惜しまぬ手作業があるからこそ純白の極上品が生まれるのだそうだ。
今もなお輝きを放つ真っ白な宝物。町内を巡れば、この宝を使ったさまざまな味覚に出会うことができる。
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更新日:2022年11月02日